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名誉校長 三浦雄一郎

世界最高齢80歳で3度目のエベレスト登頂達成!
クラークの名誉校長は世界一の冒険家です!

世界最高齢80歳で3度目のエベレスト登頂達成!
クラークの名誉校長は世界一の冒険家です!

君にしかできないこと、きっとあるはず―

僕は2003年に、当時の世界最高齢70歳7ヵ月でエベレスト登頂を果たしました。しかし、その日は雲のために良い景色を眺めることができず、「次は晴れたエベレストを制覇しよう」と決意したんです。そして2008年、心臓不整脈など様々な難題を克服し、75歳で再びエベレスト登頂。その際に抱いた「80歳でもう一度世界の頂上に立ちたい!」という夢を2013年5月23日、とうとう達成することができました。今回も夢達成までの道のりは決して平坦ではありませんでした。2度目のエベレスト登頂の翌年に骨盤と左大腿骨を骨折、2012年11月と2013年1月には心臓手術を受けました。しかし夢を諦めることなく、それに向かってしっかりと計画を立て、一歩ずつ一歩ずつ地道なトレーニングを重ねて、ついに80歳で3度目の世界の頂上に立つことができたのです。
「あきらめずに一歩ずつ進んでいけば、夢は叶う。」僕は1992年の開校以来クラーク高校の校長(現名誉校長)を務めていますが、このことをずっと言い続けています。クラークは、君が君だけのチャレンジを続ける場所。オンリーワンをめざす、オンリーワンの道のりがここにあります。さあ、先生や仲間たちと助け合いながら歩いていこう。君にしかできないことが、きっとあるはず。僕らと一緒に、新しい自分を見つけていきましょう!

三浦雄一郎 名誉校長
写真提供:ミウラ・ドルウィンズ

クラーク記念国際高等学校名誉校長 三浦 雄一郎

1964年、イタリア・キロメーターランセに日本人としてはじめて参加。世界最高地点スキー滑降(ギネスブック掲載)、世界七大陸最高峰スキー滑降完全制覇など、世界的記録を次々と樹立。2003年当時、世界最高齢でエベレスト登頂。2008年5月、75歳で2度目の、2013年5月、世界最高齢80歳で3度目のエベレスト登頂に成功。70歳以上のエベレスト登頂者は世界でわずか4人であるが、3度も達成したのは三浦雄一郎ただ1人であり、今後もこの記録が破られることはないだろう。行動する知識人としても国際的に活躍し、記録映画、写真集、著書多数。

三浦雄一郎名誉校長とクラーク記念国際高等学校 挑戦の歩み

1992年(平成4年)

広域通信制高校として日本で6校目、24年ぶりの認可となる「クラーク記念国際高等学校」開校。三浦雄一郎がクラーク記念国際高等学校の校長に就任。

1992年(平成4年)

初めての夏季北海道スクーリング。北海道の大自然の中、2週間の体験学習が行われた。

1994年(平成6年)

初めての冬季北海道スクーリング。生徒は共にゲレンデをスキーで滑走し、新たな挑戦の心が芽生えた。

1999年(平成11年)

北海道・深川市に研修施設「北の大地 元気の泉キャンパス」を設置。

2000年(平成12年)

ヒマラヤ・ゴーキョピーク(標高5360m)をクラーク生と共に登頂。ゴーキョピーク下山後、ネパールパタン市ラリット福祉スクールを視察。ネパール教育の現状を知り、後の「クラーク記念ヒマラヤ小学校」開校のきっかけとなった。

2001年(平成13年)

ゴーキョピークに登頂した門谷優君(卒業生)、大矢洋君(当時3年生)と共に更に難関のヒマラヤ・メラピーク(標高6,476m)登頂成功。世界最年少(18歳)登頂記録樹立。

2002年(平成14年)

ネパールより教育福祉施設団が来日。ネパール教育の実情を語り合う。

2003年(平成15年)

全国生徒数10,000名を突破。70歳で初めてのエベレスト登頂成功。

2004年(平成16年)

クラーク生の支援活動により「クラーク記念ヒマラヤ小学校」(ネパール)を開校。

2008年(平成20年)

75歳7ヶ月で2度目のエベレスト登頂成功。

2012年(平成24年)

クラーク創立20周年。各地区でキャンパス合同体育祭が実施。

2013年(平成25年)

80歳7カ月で3度目のエベレスト登頂成功。壮行会から帰国記者会見、記念式典まで、様々な場面でクラーク生が登頂成功をバックアップした。

2014年(平成26年)

北海道体験学習でのスキー指導や式典、行事等を通してクラーク生に「夢をみつけ達成するために一歩ずつ努力を続けることの大切さ」を説き続けている。

2019年(平成31年)

アコンカグア登頂を目指す。6000m のプレサ・コレラまで到達したが、ここでドクターストップ、しかし遠征隊の4名が意思を引き継ぎ登頂に成功しました。